「攻殻機動隊 SAC_2045 O.S.T.」
ライナーノーツO.S.T. LINERNOTES
「公安9課の再建」と「再建後の公安9課」
神山健治監督と荒牧伸志監督、そして制作チームを交えた初めての音楽打ち合わせは、大まかなプロットの流れが「公安9課の再建」と「再建後の公安9課」の2部に分かれた描き方になるというお話しから始まりました。予め、シーズン2まで物語が続くと伺っていたのでシーズン1全てを使ってシーズン2の本題へ向かうのだろうと予測していました。シーズン1の前半は『SAC_2045』の本題を語る上で”序章”のような位置づけになるとのことだったので、序章は「再建」を軸にどのようなオープニングを描いていくのが良いのか、イメージを出してみようという話しになりました。
攻殻機動隊の中で攻殻機動隊から離れる
第一話の冒頭、「ノイズがないって素晴らしいわ」という素子の言葉の通り、公安9課を離れ、西海岸の空の下でいち軍人として休暇を楽しむ「Team Ghost」を表現してほしいという神山監督の言葉に「公安9課が戻ってきた」というオープニングを想像していた私たちは幾分悩みました。「攻殻機動隊の中で攻殻機動隊から離れる」という至難のオープニングが課題となったからです。
何度か方向性を探り、完成した音楽を両監督にプレゼンしたところ「もっと純粋に戦争をパーティのように楽しんでいる素子達が見えてきてほしい」というリクエストをもらいました。より振り切った方向に転換する必要があったので、当初の考えをリセットし、公安9課再建のエピソードに向けて、冒頭の音楽は攻殻機動隊カラーの露出を抑え、監督達が『SAC_2045』の始まりとして伝えたいイメージをそのまま音にしてみようと、『Team Ghost』の楽曲を完成させました。
物語に溶け込む音作り
物語に溶け込んでフィットさせる音作りが、ストーリーとの繋がりを持たせる上で重要なポイントとなることがあります。今作はその観点が必要となりました。冒頭のパーム・スプリングスでの素子たちの登場から戦闘へ続くシーンでは、ストレートなロックの『Team Ghost』から、15拍子のプログレッシブな『Noiseless Warzone』へ、元公安9課からなるTeam Ghostの戦いをイメージ化していきました。アメリカ西海岸を表現する上でロックは必須だと考えていましたし、戦闘シーンではかつての公安9課メンバーであったことを感じさせつつも、突き抜けた明るい太陽が似合う曲でなくてはならない。公安9課を離れ軍人としての日常を開放的に楽しむ状況を表現しています。
『Surfing the Dark Web』や『Looking For A Clue』、『Digging Deeper』では、冒頭に2音アルペジオが基になっている持続音(パッド)を鳴らしていますが、この音色自体がサブリミナルなテーマとしての役割を持っています。非常にさりげない音ですが、攻殻機動隊には欠かせない捜査シーンにおいて、本作の色として用いています。
ポストヒューマン
攻性防壁を装備した電脳も瞬時にしてハックしてしまうポストヒューマンの出現は、公安9課再建への動機付けの一つとなります。物語の要となる正体不明な強敵との戦闘シーンに向けて書いた楽曲『Posthuman』は、オーケストラコンサートの始まりの音である「ラ」の1音を記号的に使用しています。彼らの超人的な電脳スキルを「波紋」に例えたこの音(私たちは「ソナー」と呼んでいます)は、ピアノとシンセサイザーの合成音で構成され、ポストヒューマンが持つ電脳戦への優位性を表現しています。
また、東京・乃木坂のソニー・ミュージックスタジオで収録したストリングスオーケストラにグラニュラー合成(*1)とエフェクト処理を施し、有機的な質感を持つ電子的なエフェクトを作りました。録音された音はクラシカルで統制のとれた16小節ほどの断片的なモチーフですが、これに電子的な加工を施し音楽として崩壊させることで、ポストヒューマンがかつては普通の人間であったことと同時に、彼らにとっての秩序がすでに人間のそれとは別なところにあり、一見無秩序に見える行為も計算しつくされた正解への道であることを表現しています。
ポストヒューマンについては会話シーンも多く存在したため、独特の空気感を作り出すためのパッドも多く作りました。『You Still Gave Him Love』は人間がポストヒューマンになっていく過程が描かれている楽曲ですが、ここでは電子音でありながらも人間的な表現力を持たせるために、デジタル音であるウェーブテーブルオシレーター(*2)をアナログ回路で複雑に加工していく方法で音を作っています。
ドラマー、サイモン・フィリップス氏の協力
今回ドラマーのサイモン・フィリップス氏が演奏に参加してくれていますが、作曲の段階から彼の叩くドラムのフレージングやカラーをイメージしていた経緯もあり、ラフなデモができた時点で連絡をとって楽曲を聞いてもらいました。二つ返事で「オーハイ(カリフォルニア州)にあるスタジオにおいでよ」という誘いを受け、同氏のドラムとアーネスト・ティブス氏のベースを録音しました。そしてロサンゼルスの作曲スタジオに戻り、彼らのグルーヴとフレージングを軸に、サンプリングを用いたビートと他のリズミックな要素をプログラミングしていくことで、オープニング映像の展開に合わせた音楽を構築していきました。
また西海岸の色を出す上で要となるギターやホーンセクションは、東京・四谷にあるニラジ・カジャンチ氏のスタジオ・NK SOUND TOKYOでギターを國田大輔氏、ホーンセクションは本間将人氏、佐々木史郎氏、鹿内奏氏に演奏をしてもらいました。ここで登場させたモチーフは、シーズンを通してTeam Ghostから公安9課に戻っていく過程を表現する『Section 9』に発展させていきました。
2つの音楽制作方法
通常アニメ音楽の制作では、プロットやイメージ画などから物語に必要とされる音楽リストを作成し先行して音楽だけで制作を進め、最終的に映像が完成したところで、適材適所に音楽を編集しながらはめていく方法がとられますが、『SAC_2045』の脚本を読み進めていくうちに、とてもその制作方法だけでは各エピソードを表現しきれないと感じました。エピソード毎に新しい物語が始まり、それらが点のような伏線として大きな1つテーマを紡いでいく流れの台本に音楽が追従するためには、2つの制作方法が必要でした。『Team Ghost』『Posthuman』『A Place Where There Is No Darkness』『You Still Gave Him Love』『Fist Fight』『Section 9』のような音楽にテーマをもたせてイメージを制作する方法と、もう一つは映像の展開とスピードに完全フィットさせるフィルムスコアリング技法の両方で表現する方法を選びました。
氷山の一角のシーズン1
全ての物語が必然として一つの方向へ導かれていく、そんな流れを感じさせるエピソードと公安9課の課題となる伏線を回収しないまま物語は進んでいきます。音楽も同様に、全ての楽曲が氷山の一角に過ぎない、という作りを意識しました。物語も音楽も始まるのはこれからなのです。
第12話「NOSTALGIA/すべてがNになる。」のタカシとトグサのエピソード『A Place Where There Is No Darkness』では、ストリングスのモチーフを用いていますが、ここではタカシの思想に着想を得て「ソルフェジオ周波数(*3)」という周波数を9音の音階として定義しモチーフを作りました。ソルフェジオ周波数は本来であれば音階には属さない周波数がほとんどですが、これを近似の平均律に当てはめることで、楽器演奏可能な音階を構築しスコアに落とし込んでいきました。このストリングスの一連の中に先述の「ラ」は存在しない音ですが、この中で「ラ」が鳴り響く演出は、タカシが9課のメンバーが対面してきたこれまでのポストヒューマンとは違った存在であることと同時に、トグサにポストヒューマンの脅威が現在進行形で迫っていることを表現しています。